深海のイモガイから未知なる毒が発見される。新しい鎮痛剤に利用できる可能性
 「イモガイ」に毒があるのは周知の事実だ。だがその毒は薬にもなり、人間の鎮痛剤や糖尿病の治療薬として応用されてきた。


 だが、深海に住むイモガイは、これまで知られていなかった毒を隠し持っていたようだ。『Science Advances』(2022年3月23日付)に掲載された研究では、その毒から「ソマトスタチン」という人間のホルモンに似た化合物を発見したと報告している。

 この毒を薬に応用できるどうかついてはさらなる研究が必要だが、潜在的な鎮痛剤の化合物として利用できる可能性があるという。

 人間のホルモンのような毒があったという事実だけでも、イモガイが何万年もかけて毒を洗練させてきたことがうかがえるという。

多種多様なイモガイの毒 デンマーク・コペンハーゲン大学のベア・ラミロ氏は「イモガイの毒は、化合物の天然の図書館のようです。図書館に何があるのか、それを見つけられるかがポイントなんです」と話す。


 この研究は、ラミロ氏が生まれ育ったフィリピン、ボホール島で始まった、バラエティ豊かなイモガイの貝殻はコレクションや食材として人気で、ボホール島の漁師たちはそれを売って生計を立てていた。

 ラミロ氏は、そんな漁師から、イモガイの豆のような内臓だけは食べてはいけないと聞かされていた。「豆のような内臓は、毒腺とつながっているんです」と、ラミロ氏は話す。

 肉食性のイモガイは非常に種が豊富だ。銛のような器官を魚に打ち込んで毒を注入するタイプもいれば、毒を漁網のように散布して、魚の感覚を奪うタイプもいる。

 海に住むイモガイは神経毒の毒腺が付いた銛で他の動物を刺して麻痺させて餌にする。
毒は種類によって異なるが、ヒトが刺されて死亡する場合もある。

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魚を毒の銛で刺して飲み込むイモガイ深海のイモガイに未知なる毒を発見 イモガイは500種を数えるだけあって、まだしっかり研究されていない種も多い。たとえば、「アスプレラ亜属(Asprella)」の仲間は、水深60~250メートルの深海に生息するので、そう簡単には研究できない。

 フィリピン大学の大学院生だったラミロ氏の研究テーマが、そんなアスプレラ亜属の「ヨロイイモ(Conus rolani)」だった。そして、その毒が普通とは違うことに気づいたのだ。

 そこに含まれる、あるペプチドは、マウスを無反応にしてしまう。
だが奇妙なことにゆっくりとしか効果を発揮しないのだ。

 普通のイモガイの毒は即効性だ。だがこの毒は遅効性なのだ。さらに不思議なことに、そのペプチドは「ソマトスタチン」という人間のホルモンにも似ていた。

 その不思議な毒の秘密を解明するために、ラミロ氏はイモガイ毒の研究で豊富な実績があるユタ大学(当時)のヘレナ・サファヴィ氏らと一緒に研究をすることになった。

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image credit:Helena Safavi

遅効性の毒の謎に迫る ソマトスタチンは、人間や多くの脊椎動物では、阻害作用を持つホルモンだ。


 成長ホルモンの主要な阻害物質なので、「先端巨大症」のような成長障害の治療に使われこともある。また脾臓のホルモンや、痛み・炎症のシグナルを阻害することもできる。

 「つまり、このホルモンは人体内でいろいろな機能をブロックするのです」と、サファヴィ氏は解説する。それゆえに、医療に応用する方法が研究されてきた。

 そんなソマトスタチンに似たペプチド「コンソマチンRo1」が、なぜ毒として使われるのか? しかもその効果はゆっくりと発揮されるのだ。

 この謎を解明するには、同じように遅効性の毒を持つ「ガラガラヘビ」を調べてみるのがいい。


 ガラガラヘビ、クサリヘビ、コブラなどは、反撃してくる恐れがある獲物から身を守るため、少し変わった狩猟を行う。

 噛み付いて毒を注入すると、一旦退くのだ。それから毒が効いてくるまで獲物を追跡し、抵抗できなくなったところでようやく近づいて食べ始める。

 イモガイも、それと同じような狩りを行なっているようだ。毒を注入してから待ち(最大3時間)、さらに2発目を注入するのである。
獲物が完全に無力化して、泳ぐことすらできなくなって、ようやく食べ始めます。
こうした狩猟には、いきなり仕留める必要はなく、動けなくなるまで待つだけでいいという利点があります。

相手から反撃される恐れがある場合、これは重要なことです(サファヴィ氏)


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モルヒネに匹敵する鎮痛効果 イモガイのソマトスタチンに似た毒が、この目的にどう貢献しているのか定かではない。

 だがマウスの実験では、コンソマチンRo1にはモルヒネに匹敵する鎮痛効果があることがわかっている。

 もしかしたら痛みを感じられなくなるので、毒を注入された獲物はそのことに気がつかなくなるのかもしれない。

 人間のホルモンに似たコンソマチンRo1の構造は、まるで薬の開発者が作ったかのようにも見えるという。その分子は、短く、安定しており、受容体に効率的に結びつく。

 それほど洗練されているのは、これまでの進化を反映したものかもしれない。

 イモガイは自分の体内のソマトスタチンを毒として使い始めると、それから何世代にもわたる試行錯誤を重ねて、最大の効果を発揮する化合物に磨き上げた。

 そして、これは人間にとってはいいことでもある。魚と人間は、同じ化合物が効くという意味において似ている。だから、私たちがイモガイの洗練された化合物を有効活用することもできる。

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さらにイモガイを研究することで、新たな鎮痛剤の可能性 現時点で、コンソマチンRo1の効果が、ソマトスタチン類似物を利用した市販の成長障害治療や腫瘍治療薬より優れているのかどうかはまだ不明だ。

 「でも、イモガイは多種多様です」とサファヴィ氏。ソマトスタチンを作る種もたくさんいるので、効果的なものを見つけられる可能性は高いという。

 ラミロ氏とサファヴィ氏は今後、コンソマチンRo1の起源を調べ、抗炎症薬や鎮痛剤としてのポテンシャルを探る予定であるという。そこに少々手を加えれば、さらに効果を改善できる可能性もあるようだ。

 今回の研究は、毒を持つ動物が自身のホルモンを毒に転用できることを証明している。ここから考えると、毒として利用できる生化学的ツールは、これまでの想定されていたよりもずっと豊富であるようだ。

 「ウイルスがホルモンを武器にするという証拠もあります」と話すサファヴィ氏は、良質なホルモン薬を作るのなら、人工的に開発するより自然界を探してみた方が手っ取り早いだろうという。

 それは1日にしてなるような簡単なことではないが、発見に満ちた旅路になるに違いない。

「大変かもしれませんが、イモガイの新しいペプチド探しはワクワクします。イモガイの毒にはまだまだたくさん知られていないことがあります」とラミロ氏は語る。

References:New potentially painkilling compound found in deep-water cone snails / written by hiroching / edited by parumo

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